来年。

忘年会やら以後レコーディングやらで
引き続き「正月に音楽作業がある!」という
つまり正月休みという独身者が自我を見失う時期に
音楽で自我を確認出来るという幸運!!!!、
ありがとう!音楽の才能!社会との繋がりに
なってくれてるう!、
「that's 自尊心!」
と、音楽仕事をそんなカタチで認識する
ミュージシャンもそうはいね〜だろ〜と
思いつつ、
(才能ある人はそれを自明の事と認識いたしますから
一般的に。)
つまり今年はおいらにとって
「音楽家の自我が芽生えた年」
という今さらくだらね〜〜話しでもありつつ
大体さ、20年かけて自我を育てるなんて
バカか不幸じゃねえ〜と出来ねえ!というのが
歴史の事実でございまして、
(小学校学級文庫にそういう人物列伝とか
置いてありそう。人からバカにされても1人で
木を植え続けた男。とかさ。あれさ、
なんでああいう事が出来るのか?っていうと
他に自尊心を獲得出来るチャンスが人生になかった、、という
そういう事なんですけどね!。えてしてバカとは
そういう行為と紙一重でございまして、)
まあ、そういう話しもありつつ、
おそらく来年も引き続き、
「客観的な自分と環境の観察と作業の拡大」
となればいいにゃ〜とか、つまり何を書こうが
最後に「にゃ〜」とかつけると話しはどうにでもなると
確認したのが今年であったとも思いつつ、
くだらね〜話しだよな、みたいな気配で、
それはそれで、そんな事より
今年そして来年は引き続き社会的には
おいらのそんな個人的実存とは関係なく
おそらく誰もがより対社会的自我を
確認せざるを得ないだろ〜と、これは思いますなあ。
つまり今年だと
「一瞬にして多勢の方が亡くなる事態に自分はどう振る舞うのか?」
原発が爆発しそれに対応する社会構造が出来ていなかった、
という社会に自分が住んでいる、という認識が公になった
時にどうそれに対峙するのか?」という、。

これが来年も引き続きですね。
つまり放射線被害や個々の不幸にも涙しつつ
(当然それがないと感情移入出来ないので)
今後の社会と自分との関係性、
それを考えないとシャレにならね〜という。
でね、これは以前からず〜〜っとおいらが書いていた話、
その延長ですから、。
今に始まった話でもないんですがね。
ただね、今年はそれが前面化した年であった、と。

あ、今年ね、3.11以後、原発が爆発する事態を見て
「まあ、女子や子供がいる世帯は1週間くらい
西方面に旅行したりするといいヨ!。で、旅行して
また事態落ち着いたら帰ってくりゃいいしさ。」
という前向きな書き込みをしていたんですが
年末やら色々な場所で
「宮崎さんの日記をみて3/15日以後しばらく関西に
旅行していて、結果、セシウムが都心に降り注ぐ時は避けられた。
ありがと〜〜!子供いるし〜」って複数の人に言われたよ。
良かったねえ〜。
たまには
役に立つんですな〜と思いましたよ。
その日に東京にいたから以後どうなるか?とか
そりゃ分かりませんし、何もないかもしれないけど、
人生って結局「想像してごらん〜」って話しですからね、
誰かが歌っていたように、。
別に想像すりゃいいだけでさ。
広告=想像力じゃないんだからさ〜。

と、来年もおいらは何も変わらず〜、、
ちょっと構造的にコミットする状況は色々と進むかもですね。
まあ、分からんよ。死ぬかもしれないし。
音楽辞めちゃう、でも楽しいよ!毎日!万歳!
家族っていいな〜〜!になるかもしれないしさ。
とにかく、今年みたいに知り合い、友人は死ぬなよ!。

と、それだけです。
では、来年。
よいお年を〜。